2012年4月3日
「ミャンマー自由化へ高揚感」
記事は、「ミャンマーで1日、国会の補欠選挙があり、野党・民主連盟は党首のアウンサンスーチー氏が当選したしたと宣言した。20年余り弾圧されてきたが国政に参加することで民主化が一歩進むのは確実」と、スーチー下院議員誕生を報じていました。
(朝日新聞 4月2日)
数年前、NPO法人日本・ミャンマー医療人育成支援協会がミャンマーに診療所を建設、その引渡し式に参加する機会がありました。
診療所は、前年の大洪水の被害の復旧の進まない雨季の村の、一面の濁水のなかに建設されていました。
帰国の日、バスでヤンゴン市内を移動中、スーチーさんの自宅近辺という場所を通過したとき、「この先の道路は封鎖です」というガイドの説明を思い出しました。
ミャンマーは金色に輝くパゴタ・仏塔、仏教徒が90%を占め極めて穏やかな国民性の国ですが、一方ではビルマ人が80%と8部族で構成する多民族国家の統治・経済など国際的な問題があるようです。
ミャンマー国民が願う国民主体の民主化が進むことを念じた記事です。
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2012年4月3日
2011年11月1日・2日
看護サミットは医療・看護の充実に向けた積極的な議論を行うため、平成8年度より厚生労働省が後援し、各都道府県が持ち回りで開催している。全国の看護分野における教育、実践、行政を担う方々及び関係団体が一堂に会し、これからの看護の役割や将来への展望について提言や意見交換を行い、看護の質の向上を図ることを目的とした大会である。
メインテーマ「看護新時代」に誘われ初めて参加した。看護界の教育・実践・行政分野で活躍している看護職約3000人が集った。
看護新時代を「超高齢・多死社会」ととらえると、大きく変化する社会ニーズは「施設」から「地域」へ、「医療」から「介護」へ、「急性期」から「在宅」が基盤の、「渡す」医療であり、幅広い看護の展開ができる「医療」と「暮らし」の両面を支える看護職が求められる。(基調報告)
新時代に問われる看護管理では、スペシャリストの有効活用、チーム医療における看護の役割、看護副院長として病院経営への積極的貢献、病院長の立場から看護副院長期待するものなどがあげられた。(分科会 新時代に問われる看護管理)
看護サービスは、看護を提供する部分とそのサービスを受けた顧客の反応の部分に分けられ、それをつなぐのは「サービスの価値」であり高いサービス価値が「顧客満足」を生み出す。医療サービスが公定価格になっているわが国では看護サービスの価値・評価も診療報酬制度によって変化するが、看護職が変動する市場にどう参画するかが問われる。看護から発信力を高める努力を。(鼎談 新時代に問われる看護の評価)
このような看護新時代に看護職の役割を発揮するためには、チーム医療のなかで今までよりもさらに高い判断力が求められ、看護職の真価が問われる時代という言葉に、看護新時代を考えさせられた有意義な2日間となった。
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2011年5月31日
戦没画学生慰霊美術館“無言館”長編ドキュメンタリー映画の上映と、“無言館”館主 窪島 誠一郎氏の講演会がありました。無言館開館のきっかけは、窪島氏の生い立ちや一生懸命に育ててくれた両親との戦後の貧しい時代背景と、戦没画学生と同じ絵の道を志し、戦地に赴いたが病を得て帰国、療養したため生き残った1人の画家との出会いでした。
無言館には、全国を巡って戦没画学生100名あまりの遺作を収集して展示しています。戦後65年、すでに戦没画学生たちの両親・兄弟たちの多くは亡くなられています。
「展示している絵は決して上手とは言えません。20歳前後の画学生たちの愛する人や家族や温かいふるさとの風景が渾身の力を込めて描かれています。無言館は反戦の美術館と言われますが、生きたい、生きたい、もっと絵の勉強をしたい。戦地に向かうぎりぎりまで大好きな絵を描き続けた画学生たちの愛の美術館です。」と静かに語る氏の言葉に、画学生たちの生きた、忘れてはならない時代の上に今の平和な日々があることを噛みしめました。
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2011年4月18日
成人看護学を担当することになりました川崎です。よろしくお願いいたします。
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